なつやすみのしゅくだいという企画で、お題を十個消化していきます。く予定でした。2017年8月現在、元の企画サイト様も閉鎖され、残りのお題も思い出せない状態となってしまっているため、このページは現状のまま、更新停止します。




正しい夏期講習の受け方


(暑っつー……)
 まだ七月に入ったばかりだというのに、蝉が喧しい。気温よりも湿気よりも、蝉の鳴き声で暑さを実感する。
 期末テストの答案の束を捲っては一枚ずつ手渡していく教師をちらと見て、あさぎは溜め息を吐いた。今年は期末テストの結果次第で夏期講習を受けることになると言われている。中学三年生は面倒くさい。あさぎは自宅から通っているからまだいいものの、寮生が夏期講習を受けることになったらいつ帰省するのだろう? それとも彼らは元から部活でこちらに残っているから関係ないのか。
「――……さぎ、あさぎ!」
「わ、はいっ!」
 苛ついたような教師の声に、慌ててあさぎは教卓に走り寄る。
 あ、なんか今踏みそうだった。反射的に避けると、後ろでごそりと動く気配。消しゴムかなんか落としてたのかな。ぼんやりと思いながら、答案を受け取る。
 受け取る答案はこれで最後だが、これは三枚目だった。
 席に戻る途中、さっき避けたあたりで、一人と目が合う。ありがとう、と口の動きだけで言う彼女の髪が、淡く光に透けていた。どういたしまして、とにっと笑ってみせると、向こうもにこりと笑い返してくれる。
 幸せな気分になって窓の外を見ながら席に戻る。窓の外は快晴。この教室の窓の外には木が生い茂っているのに、それでも遮ることのできない陽射しが降り注いでいた。
 ちらと見た自分の答案の点数を思い浮かべ、けれどもしも彼女も一緒ならきっと楽しいだろうとあさぎは思う。
 どうやら今年の夏休みは夏期講習に通うことになりそうだった。



クーラーは故障中


 夏休みまであと二週間を切った。
 思わず緩みきってしまっている顔をどうにかしようという努力は、桜の頭には思い浮かばないらしい。隣で電卓を叩いては笑みを漏らす桜を見て、宗田は苦笑いを浮かべた。
 相変わらず雨が降ったり曇ったりを繰り返しているが、格段に蒸し暑くなってきている。先月はまだ多かった長袖人口が、ほとんどなくなってしまったほどだ。風が通っているからいいものの、汗ばんだワイシャツは、肌に張り付いて気持ち悪い。
 そしてそんな中、生徒会室ではほとんどが襟を緩めたり、ズボンの裾を折ったりして仕事をしていた。一学期も終わりに近い最近では、あまり動くことはないものの、たとえば大掃除の準備であったり、施設の予約などで役員以外にも各委員会がちらほらと集まっている。暇で暇で仕方がないときに比べれば、それなりに中にいる人数は多かった。そんなタイミングを見計らったわけではないだろうが、生徒会室では、とある問題を抱えていた。
「中嶋ー暑いー」
「あんたが修理してくれれば涼しくなるわね」
 神坂の主張をさらりと受け流して、千尋は下敷きをうちわ代わりにする。机の上のプリントが飛ばないようにと、あまりあおげないからか、少しだけあおいで、すぐに下敷きは本来の用途に戻った。真似というわけではないが、宗田は襟を持ってワイシャツの中に風を送った。
 そう、昨日、クーラーが故障してしまったのだ。顧問には言ってみたものの、元々生徒会室は当たり前のことだが授業では使わないし、夏休みも近いということで、修理は夏休み中にすることになるだろうと言われてしまっている。
(これからしばらく暑いまんまか……)
 隣で帳簿に数字を書き付けていく桜を見ながら、宗田は溜め息を吐いた。



ながしそうめん戦争


「ひゃっほう!!」
 まるで漫画にでも出てきそうな奇声を上げて伸び上がったのは森岡だ。今日で一学期も終わり、明日からは夏休みに入る。サッカー部の伝統として、終業式などの式典日には練習がないことになっているので、今日の午後は思いっきり遊べる。そう思ったからだろう。
 呆れたように森岡を眺めているのは、同じクラスで生徒会長の不由美だ。視線の先には、今日の午後の約束をさっそく取り付けてはしゃいでいる森岡がいる。どうやら彼はすっかり忘れているらしいが、今日の昼には生徒会恒例行事が控えている。
(まぁ、一人減ればその分私たちの食べる分が増えるわけだから……いいか、放っておいても)
 森岡に対して、今日の昼のことについては突っ込まない方向でいこうと決め込んで、不由美は机の上を片付け始めた。一学期最後の日だからと、今日配られたものは多い。配られたはしから折り畳んだりしてはいたものの、それでも机の上は雑然としている。うっかり親に見せなくてもいいものまで見せてしまったら目も当てられない。とりあえず、親に見せるものと見せないものとで分類しなければ。そう思ってプリントの束を手に取ると同時に、チャイムが鳴った。
「はい、じゃぁチャイムも鳴ったし、ホームルーム終わり。夏バテしないようにね。あと、先生にお呼び出しかけないでね。当番ー」
「きりーつ」
 15年前までこの学園に通っていたという担任は、もう歳だのおばさんだのと言っている割にきびきびさばさばしていて、不由美は嫌いではない。しかし、むしろ今この瞬間にあってはもう少しのんびりしていてくれればよかったとちらと思う。仕方なしに机の上にプリントを戻し、席を立つ。当番の号令に合わせて礼をしたら、すぐに家庭科室に行かなければ。
 おざなりな礼をして、プリントを鞄に詰め込む。周りの友人たちに笑顔を振り向いて、そそくさと不由美は教室をあとにした。教室の喧騒に紛れて、後ろから、少し慌てたような足音がした。森岡だろうか。だったら私も急がなければ。ながしそうめん戦争は、もう始まっているのだから。
 ほんの少し足を速めて、不由美はいつもは上る階段を、軽快に駆け下りていった。



アイスクリームトラップ


「――っした!」
 足元の影は短い。夜に近づいて傾いた太陽は、それでも尚じりじりと照りつけて、フェンスの向こうは微かに揺らめいて見える。ぽたりぽたりと汗が落ちても、地面を僅かに湿らせてまたすぐに乾いてしまう。
 列を崩して円陣を組むやいなや、彼らは一斉に拳骨を真ん中に向けて出した。この夏休みの練習では、もう当たり前になってしまった、じゃんけんの合図である。声をかけるのはキャプテンの右隣の役目だ。
「あっとだーしなーしよっ、じゃーんけーんほい!」
 どうやら今日は森岡が掛け声役らしい。聞き慣れた弾んだ声を耳にして、千尋の頬が緩む。
 夏休みに入ってできたこの習慣で、一番得をしているのは恐らく千尋だ。集めたゼッケンをまとめて部室近くの洗濯機に運ぶ道のりは、いつも半分も行かないうちに終わってしまう。
 ほら、今日もまた後ろから足音がする。
「中嶋先ぱーい、それ俺が持ちますよ」
「お疲れさま、西山くん。じゃぁありがたくお願いするね」
 ところで今日は誰が行くの? ゼッケンを渡しながら訊いて、その訊ね方が不自然でないかをつい気にしてしまう。力仕事が減った代わりに、一番負けた人とコンビニに行くのが夏休みの習慣になった。楽しみで、ほんの少し、嫌な習慣だ。
 訊かれた西山は、にやりと笑った。その笑いはどちらなのだろう。「残念でした」か「おめでとう」か。
 顔をしかめた千尋を見て、西山はわざと下から覗き込むように明るい笑みを浮かべた。
「ダッツじゃ高すぎるから、ちゃんと先輩が止めてくださいね?」
「……わかった。ついでに息の根を止めていいのね?」
 どうせ死にゃあしないでしょうから問題ないんじゃないですか? 西山の声を背に、千尋はグラウンドに戻っていく。フェンスのすぐそばに立つ人は、揺らめいていた。