ふゆごもりという企画で、お題を六個消化していきます。(そのいち)く予定でした。2017年8月現在、元の企画サイト様も閉鎖され、残りのお題も思い出せない状態となってしまっているため、このページは現状のまま、更新停止します。

ハートブレイク・ブレイカー




「楽しいことはないの、お前」
「ないんだな、これが」
 答える声も、訊ねる声もどちらも淡々としていて、私は戸惑う。
 ここは学食、昼下がり。お昼休みじゃないから空いてて、だけどそろそろここの学食は閉まってしまう。昼休みのためだけにあるようなものなのだ、ここは。まばらな人影は、減る一方。
 空席ばかりの学食の隅っこ、訊ねた大男は通称クマ。答えたのは向かいに座る小娘、通称ネコ。それから、その隣に、私、通称ハナ。
 このメンバーでご飯を食べることは珍しくないけど、二人ともこんなに淡々としてるのは珍しい。いつも緩急つけたやりとりを交わす二人がこんなに淡々としてると、なんだか落ち着かない。
 上目遣いにちらりちらりと二人を見ると、どうも二人とも浮かない顔。何かあったのかしら。もう明日で二月も終わる。
 じーっと見つめ合うでもなく、二人ともバラバラの視線。なんだかか話も振りづらい。
 鞄から文庫本を取り出すと、ネコから無言の抗議。……はいはい、読んじゃダメなんですね。
 仕方なく文庫本をまた仕舞って、だけど手持ちブタさ……じゃない、手持無沙汰。
 この二人もなんだかよくわからない。まとまるなら、まとまっちゃえばいいのに。クマはフリーだし、ネコだってやっぱりフリーだ。こないだまでコブつきだったけど。
 あーあ。息を吐くと、両手で持った湯呑みにほんの少し残ったお茶が揺れる。
「ネコは、バレンタイン、ちゃんと渡したの」
「渡したけど」
 やっと沈黙が破られてちょっと安心。なんで二週間前の話を今するんだろう……。動揺して湯呑を持つ手が大きくぐらついたけど、ほとんど残ってなかったおかげで、お茶は湯呑みから飛び出さなかった。
 ちらっと見たクマは、「渡した」ことに対して動揺はしてないみたいだけど、落胆してるみたい。そして、「けど」に続く言葉を私は知ってる。クマは知らない。クマの中ではネコは今どういう人っていうことになってるんだろう。
 私の知ってる答えを、それでもクマに教える気にはなれなかった。ネコがちらちらクマを見てるのに、クマはずっとどこを見てるんだかよくわからない。緊張してるんだろうな、って思っても、なんとなく、そういうのは、嫌い。
「ふーん」
「クマはもらわなかったの」
「ネコとハナからもらった」
 そうじゃないだろう、そこは。思わずノリで突っ込もうとしてしまったけれど私は関西人ではないし、あぁもうこれ以上気を遣うのもなんだか面倒くさいし、そろそろこの時間の授業が終わる。なんだかんだで今日が最後の授業だから、ちゃんと遅刻しないで行きたい。それにそれに、食堂だってもうすぐ閉まる。
 言い訳を考えて、湯呑みを置く。トレイを持って立ち上がると、二つの視線に追いかけられる。
「「もう行くの」」
 異口同音とか、ほんとにもう。
 ねぇ、知ってる? あなたたちって、いつ恋人って言われても周りが驚かないくらいにはなってるのよ? でも知らないんだろうな。別にお互いにそういう思惑があるんじゃないかもしれないし。
「うん、先行くね、授業あるから。また明日」
 それでも、またね、と手を振る二人の姿に、ほんのりと二人の空気を感じてしまって、ちょっと寂しくなった。
 あーあ、私にも誰かいるのかしら。あいたいな。もし、いるのなら。
 トレイを返して、学食を出る。後ろの二人は気になるけど、振り向かない。明日になったら、聞いてみようか。
 久しぶりに履いたパンプスが、かつんかつんと音をたてた。

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