マイセンとはマイルドセンチュリーの略である




「美味しい? それ」
「……さぁ。どうだろ。委員長の口に合うかどうか、俺は知らねぇ」
「ふぅん。じゃぁ、一口頂戴」
「本気か?」
 そりゃもうもちろん、と笑った委員長に、いつも彼がクラスで見せている物静かな少年の面影はどこにもない。
 なんだ、こいつ、猫被ってやがったのか。
 ケンはわけもなく可笑しくなって、声に出して笑っていた。
「いいぜ。ほら」
 右手を口元に近づけ一口吸うと、左手で引き寄せて乱暴に「お裾分け」をした。

「……苦いな」
 顔色も変えず、彼は言った。
 はっきり言ってケンとしては面白くない。「優等生」なのだからへっぴり腰にでもなって、ポーカーフェイスが崩れやしないだろうかと期待していたのだ。……かなり。
 それが。
「もっと吸わせろ」
 言うや否や、委員長はケンの右手の煙草を奪ろうとする。
「おい!」
「……お前、かなりケチだよな」
「つーか委員長、バレたらマズいだろ」
 呆れたようにケンが言うと、彼はさらりと肯定して、
 ケンは、
「…………委員長?」
「キスの仕方、教えてやるよ、鈍感」
 突然暗くなった視界と、唇に触れる何かに、ただただ驚いていた。
 背中が、熱い。
 屋上のコンクリートだ、と思った。委員長のぼやきを聞き取る余裕もなかったのに。
 透明な糸が、てらてらと、光る。日に照らされ、垂れて切れて落ちたそれは、ケンの口に、すぅ、と吸い込まれ。
「……って、い、いいいい委員長!?」
「何どもってんだよ。たかがキスごときで」
「た、たかが……って、いや、あの、だって今の、ディープキ……スじゃん」
「フツーのキスだと反応しないんだ。ってことは抱いたことも抱かれたこともない、と」
「なんでそうなる!」
「でも、事実だろ?」
 ケンを押し倒したまま、委員長は意地悪く訊ねる。
 ケンは気づいているのかいないのか、いつもの調子で居心地の悪さを誤魔化そうとしている。
 まさか、とは思ったけれど、それを否定して、委員長は立ち上がった。それならそれで良い。これからじっくり教えてやれば良いだけだ。そう、自分に言い聞かせながら。
「また授業サボるのか?」
「だっておれあの先生嫌いだし。委員長は出るんだろ?」
「俺も嫌いだけどね、あの先生は」
 遠ざかる足音が、ばたんと閉じた扉の向こうに消えると、屋上は、しん、と静まり返って何もなくなった。
 バクバクとうるさい心臓を押さえて、嫌がらせかよ、とケンは胸中でぼやく。委員長の思惑など知らずに。

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