それは暑いさなかのことだった。
べたべたに溶けたアイスクリームが、甘ったるい匂いを放っていた。
ここはどこだろう。
うっすらと目を開けて、見えた天井。
真っ白い天井になど縁のない私の生活に、そんなものが見えているわけはない。それなのに、今見えているのは何なのだろう。
真っ白い、天井。
ゆっくりと起き上がって見回してみたけれど、記憶にない調度品やら何やらが見えるだけで、ヒントも何もあったもんじゃない。
しかし、どうやら。
どうやらここは。
「あ、起きたよ姐さま」
「ほんと? よかった。お身体の具合はいかがですか?」
くすくすと笑いながら訊ねてくる少女は、私の目を覗きこみ、うんうん、とひとり頷く。
彼女のスカートの裾を引っ張ったままの幼い少女がこちらを見て、私と目が合うや否や、顔を引っ込ませた。
なんなんだ。私はそんなに凶悪な顔でもしているのか?
心外だ。
心の中でぶつぶつと不平を並べたてる私をよそに、少女はにこりと笑う。
「こんにちわ。警察のおねーさん。その節はどーも」
先ほどより人懐こい声。聞き覚えのあるそれに、私はぎょっとした。
気のせいじゃなければ、この声は、先月私が揚げパンを奪られた相手の声。たしかあれは少年だったはず――
「おねーさんたら、あたしのこと、ほんとに男の子だと思ってたんですね。失礼しちゃう。ガードを撒くのって大変なんですよ?」
にこにこと言い立てる少女の言うことには、彼女の家は本来警察に関わるような人間を家に上げてはいけないような家なのだとか。
たまたま行き倒れていたのを助けてもらったのはたしかにありがたいのだけど。
困ったなぁ。
露骨に顔にそれが出ていたのか、少女は、だからですね、と言葉を続ける。
「おねーさん、お腹空いてるんでしょ? お夕飯、一緒に食べません?」
「待て待て待て。ちょっと待って。
あなたのうちって、つまりそっち系のおうちなんじゃないの?」
「そうですよ?」
斜め四十五度きっちりに首を傾けた少女は心底不思議そうに問い返す。
いやいやいや。それはまずいでしょう、お嬢さん。
心の中でだけ呟き、私はどうにか逃げようと声をあげた。
「だったら。だったら私がお食事に同席したらいけないんじゃないのかしら? 違う?」
「いいの。おねーさんはあたしの恋人ってことになってるから」
「恋人だと同席しても大丈夫なの?」
「うん!」
それはそれはとても嬉しそうに少女が頷くものだから私は失念してしまっていたのだけれど。
少女は今、たしか、「恋人」と言っていたような気がする。
恋人。
そう、恋び……と?
何かがおかしい。
とても嫌な予感がする。
「ねぇ、ちなみにもしかしてここは『桜花組』だったりするの? お嬢さん」
「そうですよ」
にっこりと、それはそれは嬉しそうににこにこと頷いた少女に、私はくらりとした。
なんてこった。
眩暈がする。
頭が痛い。
逃げたい。
「だから、おねーさんはあたしの恋人ってことになってるんです」
頬を染めて少女が言う。
なぜ行き倒れてしまったのだろうと私は後悔する。
けれどもう遅い。
行き着いた場所が最悪だったと諦めるしかないのだろう。
何せ、桜花組だ。メンバーはすべて女性。男子禁制ということで有名な組だ。
どうやら少女は本気らしいし。
そろりと舌先を私の耳に這わせていた少女の肩を掴んで身体を離し、私は頷いた。
仕方ない。
「わかった。ありがたく同席させていただきます」
お母さん、お父さん、ごめんなさい。
どうやら娘は平穏な人生を全うすることはできそうにありません。
[ 恋愛系の15題 その21 ] (配布元様:フィフティーン) ... 03:融ける太陽